私だけが知る名前

『この世界はあと1時間で滅びます。
 貴方は、何をしますか?』


 声が響いた。
 全人類の集合的無意識に。


 私は、音楽を聴き始めた。
 トラウマを刺激する、その音楽。
 世界などろくなものではない。
 そう、思ってしまえば、
 滅ぼうがどうなろうが、哀しみなどない。

 さっきの声が神か。
 女性か男性か、分からなかった。
 あるいは、両性具有なのかもしれない。

 綺麗な声だった。
 音楽を止めて、
 意外なことにブランドものだという、
 ちゃちなキーケースを手に家を出た。


「私の声が聞こえますか」

「私の声は届きますか」

「私の声を聞いてくれますか」 


 神に問いかけながら、寒い夜を歩く。
 私の言葉など、誰にも届きはしない。
 そう思いながらも、問いかけ続けた。


「神様、私が嫌いですか」


『この世界はあと30分で滅びます。
 貴方は何をしますか?』


「神様、貴方と恋がしたいです」


 答えは帰って来なかった。
 私の恋は、想いは、砕け散るのか。

 真夜中の公園には
 パニックを起こした
 住人達が集まって騒いでいた。


 私は誰にも愛されない。
 一生、恋などしない、そう決めたはずだった。
 こんなにも恋しいのに、
 神様は私の声を聞いていない。

 頬を涙が伝った。


『この世界はあと10分で滅びます。
 貴方は何をしますか?』


 抱き合う家族、罵り合うカップル、
 泣き叫ぶ大人、笑いはしゃぐ子供。

 まるで、狂乱。

 この世界の縮図。
 こんな世界を何より愛する者がいるだろうか。
 私には、
 そんな存在は感じられなかった。


『この世界はあと1分で滅びます。
 貴方は何をしますか?』


「神様、恋しています」

「神様、愛しています」

「私を見て、恋して愛してください」


『この世界は滅びます』


 足元が砕けた。
 ぐにゃりと歪む視界。
 粒子が崩壊する様を表したかのような、
 壊れていく世界。
 世界の終わりはあっけなかった。


 なのにどうして、私は存在する?


『貴方を見ます。恋して愛します』

 綺麗な声。

『貴方の声が聞こえました
 私だけを想う声に、恋してしまいました』

「神様………う、わあああああ」
 泣きじゃくる私に、神は戸惑ったようだった。
「私を見捨てたりしませんか、壊しませんか?」

 美しい両性具有の神は、私を抱きしめた。

『貴方を見ます。恋して愛します。
 私を神と、呼ばないでください』

 私は神に名前を付けた。
 綺麗で優しい響きの音に、清い漢字。

 永遠の愛を育めるなら
 …生まれてきたのも、素敵な運命だった。