二重連鎖

 理由なんてなかった…。

 担任が、男が、

 僕に暴力を振るうために理由はなかった。

 相談相手なんていない。

 僕は孤児で、施設でも苛められていた。

 

「先生!やめてください!」

 

 その声はクラスメイトの少女。

 僕にも分け隔てなく接してくれた、優しい…。

 

「警察に言いますからね!」

「また、か。また、楽しめるのか」

「何を言っているんですか、きゃあ!」

 

 男は少女を殴り倒した。

 気を失った少女を連れて行く男を、

 僕はただ、見ていることしかできなかった…。

 

 

「ここ…どこ…」

 気がつくと、民家のようなところにいた。

 周囲を見回すと、窓には鉄格子。

 そこは3階だった。

 扉へ向かおうとすると、

 

 かちゃ。

 

 鍵の開く音。

 入ってくる。

 誰かが…あの、担任教師でしかあり得ない。

「起きたかい?子猫ちゃん。いや、お人形さん」

 

 性教育を受けていた私には、

 された行為がなんなのかくらい理解できた。

 必死で抵抗し、何度も殴られて、ぐったりと諦めた。

「また、こんな楽しみができるなんて…」

 以前にも、こんなことをされた子がいるのか。

 私はぼんやりと考え、汚された自分に、泣いた。

 

 

 あれは、どうしようもなく私のトラウマとなっている。

 社会的には

 一時的な家出ということになっているが違う。

 私は、お人形として性奴隷をさせられていた。

 担任教師だったあの男が、

 鍵をかけ忘れたすきに逃げ出したが、

 その体験を誰にも言えないままだった。

 卒業まで、男の絡みつく視線に怯えながら暮らした。

 施設を出て、21歳になった今は精神科通いの日々。

 原因なんて言えなったから、

 うつ病と診断されても仕方がないし、

 うつ病なのだろう。

 

 

 どうしよう。

 少女が殺されたら、どうしよう。

 怯えきりながら、施設へ帰った。

 知らない女性が訪ねて来て職員たちと話していた。

 女性は、私も○○中の卒業生なのよ、と言い、

 小声で、

「小山にやられたの?」

 と、訊いた。僕の体の痣。

 その通りだったので、頷くと、

「戦うべきかなあ」

 と、女性は呟いた。

 この人なら、この人なら助けてくれるかもしれない。

「実は…」

 

 

 ぼろぼろ、だった。

 私は、負けたくないと強く思っていた。

 そして、チャンスが今ここにある。

 男は鍵をかけ忘れた。

 私は痛む体を引きずり、

 そっと扉を開け、階段を下りた。

 静かに、素早く1階へ辿り着くと、玄関の扉を開けた。

 男がいた。

「きゃ…」

「また、逃げられるところだった…」

 もう、私は駄目なのか?

 その時。

 

「すみません。小山秀志さんですね」

 

 男は慌てて、私を隠そうとしたが、

 私は、叫んだ。

 

「助けてください!」

 

 

 私は助かった。

 けれど、心の傷は深く、

 心的外傷後ストレス障害になった。

 

「警察を呼んでくれたのは、宮野さんだよ」

 クラスメイトのあの少年が言う。

「話してみる?」

 

 

 初めて会った宮野さんは、優しそうな女性だった。

 彼女は言う。

「私もPTSDと診断されたわ。傷は深いわね。お互い」

 宮野さんは6年間、誰にも、被害を伝えられず、

 苦しんだという。

「私の傷は一生消えない」

「そうかもしれない…

でも、小山に同じことをされる可能性のある人を救ったと、

そう考えるしかないわ。

私の傷も、一生消えないけれど…」

 

 抱き合って泣いた。

 監禁暴行の後、初めての涙だった。