睡眠恐怖症

 眠るのが怖いよ。


 私は睡眠の合間に見る夢を反芻して、
 楽しかった夜に、
 名残を惜しんでいた。

 なのに…どうして。

 眠くても眠れない。
 寝たくても寝られない。
 眠れたと思ったら、悪夢を見る。

 殺され続ける自分の夢、
 殺人の嵐で滅ぶ人々の夢…。

 私は、それをひとりで抱えていられなくて、
 小説にして、
 そのために作ったホームページに載せる。

 それだけで、少し、救われていたのに、
 夢、どころか…睡眠が。

 眠ることが怖い。
 悪夢を見ることじゃない。
 眠って、意識を失うことが怖い。

 まるで、
 眠ってしまうことが死を意味するかのように。

 生きていたいと、どうしても思えない。
 死んでも良いと、どうしても思えない。

 すっかり臆病になってしまった私は、
 自分で自分の首を絞めるかのように、
 睡眠を拒絶する。

 それは一時的なものだ。

 分かっている。

 1時間とはいえ、昨日は少し、
 幸せに眠ったのだ。

 夢も見なかった。
 覚えていないだけかもしれない。
 それでも、苦しい眠りではなかったのに、
 良い眠りだと思ったというのに。

 矛盾だらけの自分が嫌になって、
 こうして小説なのか、
 よく分からないものを書いている。

 ノンフィクションで書くなら、
 これが、PTSDの過覚醒の可能性が高いことも
 書いておかなければならないだろう。

 たかだか殺されそうになったというだけのことで、
 病気になるなんて、
 何たる脆弱。

 もともと、統合失調症で自殺未遂を繰り返し、
 母に愛想を尽かされていたというのに。

 4本も骨を折るような、
 前歯が吹っ飛ぶような、
 そんな飛び降りまでして、
 そのことには未だに恐怖していないというのに…。

 なのに殺すと脅されたことの、

 フラッシュバックを起こす。
 夢と入り混じっているので、
 本当にフラッシュバックなのか分からないくらいに、
 私は心とやらの傷に鈍感になっているというのに…。

 私は睡眠を拒絶してしまう。

 凍りついて恐怖もろくに感じなかった心が、
 少しずつ、溶け出している。

 それが怖いのかもしれない。

 フラッシュバックかも分からない何かは、
 私の過去のトラウマを引きずり出す。

 小学校で担任に苛められた。
 母に心中させられそうになった。
 父は強姦で訴えられ、母はそれを庇い、
 結局、父は自殺した。

 母は家族のなかでは長女で、
 親ではなかった。

 いつしか、私が親をやっていた。

 私は父を嫌っている。
 私は母を恨んでいる。

 感情と少しずつ、向き合っていくのが苦痛で、
 その手助けをしている悪夢が不愉快だ。

 不愉快、だった。
 ただ…。
 けれど、今は怖い。

 自分の心だかの傷や、ぼろぼろの感情を、
 目の当たりにすることが、怖い。


 眠るのが怖いよ。


 私はパソコンに張り付いて、
 過去に起こっていた現実から逃げる。

 逃げ続けられるわけがない。

 人間の三大欲求なのだ。
 食欲も減退し、性欲も感じられなくなり、
 そして、睡眠をも拒絶する。

 生きていたくない。
 けれど、死にたくない。

 死なないための足掻きは、
 私の体に傷として残っている。
 見える傷。
 数えきれない切り傷が、私を生に繋ぎ止めている。

 10日ばかり、我慢している。
 心配されるのは嫌だった。
 だから、皮膚を切り刻む行為を我慢している。

 時折、強い衝動に駆られる。
 切ってしまいたい。
 気がつくと、剃刀を片手に、
 薄く、笑みを浮かべ、自傷行為をしている。

 おかしいと思った。
 その時、現実感が酷く希薄で、
 自分が自分でない気がしたのだ。

 主治医は解離と言う言葉を使って説明した。

 理解をすることと

 自傷をやめるのことはイコールではない。
 自らを傷つけなければ、
 生きていることが分からなかった。
 自らを傷つけなければ、
 自殺してしまう気がした…。

 普通に生きることがこれほど難しいとは知らなかった。
 普通の人などいないだろうし、
 居たとしても苦しまないわけではないことは分かる。

 しかし、思ってしまう。
 何故、私がこうも苦しむ?

 どうして?

 生まれて来なければよかった。
 母に相性が悪かったと言われ、
 母娘として生まれたことを曖昧に否定され、
 疑問ばかりが心とやらを埋め尽くす。

 どうして、私は生まれてしまった?
 どうして、こんなに恨んでいる母を愛してしまう?

 分からないことだらけだ。

 この世は圧倒的に不公平だ。
 私は幸せを感じることができる。
 それはひとりでいるときにしか、感じられないのだ。

 孤独…。

 ひとり暮らしを始めたのは正解だった。
 年末の実家への帰省が
 こんなにもつらいとは思わなかった。

 関わり合いになりたくない。

 それでも弟も妹も猫たちも、母ですらも好きなのだ。

 なるほど、
 こんなジレンマの中で、
 眠れなくなっても不思議はない。

 すっかり眠気が飛んで行った。

 私は睡眠恐怖症。
 大好きだった夢は、どこに…。