死神の微笑み

 死にかけた私に、死神が微笑む。

 モウ、オイデ。クルシイダロウ。

 私は死んだように動かない心を抱え、
 膝を抱えて座っていた。

「お前は、そうやって逃げる!」

 恋人は怒鳴る。
 私を突き飛ばして、

「自分を殴れ!」

 命令する。
 私は言われた通りに自らを傷つける。

「俺の言う通りにすればいい」

 男は薄ら笑いを浮かべていた。

「お前の病気だって、俺を盲目的に信じれば治る」


 急に男は激昂すると、机を思い切り殴った。
 自分の思い通りに、病気が治らないどころか、
 悪化の一途を辿り、

 そればかりか、
 両の脚に紫斑が次々と浮かび上がった。

 オイデ、オイデ…。

「お前は俺を信じてないな!」

 繰り返される暴言。
 男は猫撫で声で言った。

「俺はお前を殴ったりしてないよなあ」

 私は、はい、と答えた。
 そう答えるしかなかった。
 少なくとも…少なくとも紫斑は、
 暴力によるものではなかった。

「ここに私は一切暴力を受けていません、と書け」

 私は文字を書くことも困難になっていたが、
 何度も間違えながらも、
 言われた通りに書いた。


 男は警察を呼んだ。

「家で預かっている娘が自殺しそうなんです」

 そして、私に何度も言った。
 自分について語ることは許さない、と
 警察官が来ると、

「自分を傷つけろ」
 小声で命令した。

 私は言われた通りにした。
 駆け寄ってくる警察の人たち。

「大丈夫。大丈夫だから」

 久しぶりに聞いた、優しい言葉。
 男は、離れて見ていた。
 愛していると言ったのに。
 恋人だったのに。

 パトカーで精神病院に向かいながら、
 男に言われた言葉を反復する。

 医者の前で、自分を傷つけろ。
 お世話になったのに迷惑をかけた、
 申し訳なくて死にたい、と言え。

 男は携帯を弄っていた。


 精神病院で、言われた通りのことをした。
 緊急措置入院になった。

 ヨカッタネ。マダ、コナクテイイヨ。

 死神の微笑みは優しかった…。