囁くような歌声

 囁くように小さく歌う。

 

 暇だった。

 圧倒的に暇だった。

 

 私は入院していた。

 緊急措置入院と言う、命に係わることを理由とした、

 精神病院への入院。

 

 普段、入院している病院とは違う。

 落ち着かなかった。

 あまりにも退屈だった。

 

 今は二重にロックのかかる、

 剥き出しの便器とベッドだけが置かれた、

 保護室にいた。

 

 囁くように好きな歌を歌う。

 近くの保護室の人が騒いでいて、怖かったので、

 囁くように。

 

 歌が思いつかなくなったころに、

 医者が来た。

 

 本かiPodが欲しい。

 まだ、早いから、駄目だと言われた。

 

 5日ほどだろうか。

 暇の海に溺れていたら、

 試しに病室に行かないか、と、訊かれた。

 

 勿論、閉鎖病棟だ。

 たいした自由はありはしない。

 

 それでも歩き回れるだけで良かった。

 

 新しい病室からは、

 好きに出入りしていいと言われた。

 

 病棟の案内の際に本棚を見つけ、

 あれは読んでもいいのかと訊くと、

 疲れない程度なら、

 自由に読んでいいよ、と言われた。

 

 私は疲れていたので、

 本の虫にはなれなかったが、

 戦争の後の話を一冊、読みきった。

 

 みんなが見ている前で、だったか。

 本のタイトルが曖昧だ。

 

 入院中の楽しみは、食事と入浴だった。

 人間関係に疲れると、

 自分の病室でひとりで食べていた。

 食堂で主に食べてはいたが。

 

 入浴は週に3回。

 私があのお風呂に入れたのは2回だけだった。

 透明に透き通って綺麗だったのだが。

 

 私は、合計10日で退院した。

 

 それから、

 地元に戻り1ヶ月、入院し、

 その間に準備を進め、今、ひとり暮らしをしている。

 穏やかでも、落ち着いても、いないような、

 実家より、遥かに穏やかで、落ち着いているような。

 

 囁くように歌ったあの日々は遠い…。