橋の上で

 橋の上から水面を見下ろした。

 ここから飛び降りたら、死ぬだろう。

 

 …どうしようか

 

 曖昧な感情が死んでしまいたいと言っている。

 明確な理性はどこかへ消えていた。

 

 さあ…、

 

 死ぬ気かい?

 

 突然の声にのろのろと振り返る。

 車通りが多いから気づかなかったのか、

 単にぼおっとしていたせいか。

 

 私の後ろに立っていた女性は、

 奇怪な格好をしていた。

 

 パーカーに、

 ジーンズを穿いたラフな格好。

 履いているのは茶色のスニーカー。

 

 取り合わせは男性のものだ。

 

 しかし、彼女は長い髪をさらさらと流し、

 うっすらとメイクをしていた。

 

 綺麗な…女性だった。

 

 私は言葉を搾り出す。

 止めますか?

 

 女性は簡単に、

 止めないよ

 と、言った。

 

 少し話をしないかい?

 

 彼女は白い衣服のようなものを抱えていた。

 お説教はないだろうと、頷いた。

 

 今日は月曜日で午前だ。

 学校に行け、だけは言われたくなかった。

 何度、言われても嫌なものは嫌だった。

 

 女性はひとり語りのように言った。

 

 ボクは女ではありません

 

 意味が…分からなかった。

 何故、私にそんな謎々のような事をいう?

 

 僕はかつて世界に主張していた。

 ちょうど君くらいのころだった。

 目指したいものはあったけれど、叶うか迷い、

 深い、死をいう闇に魅せられた。

 

 そう、私も魅せられている。

 死に。

 

 僕は異常者として扱われた。

 今でも、異常者だ。

 けれど…、

 

 彼女は私に問うた。

 

 僕が異常で皆が正常なら、皆のどこが正常なんだい?

 真似できる事ならやっても良いよ。

 

 私には答えられなかった。

 

 裏しかない人間は狂っているし、

 表しかない人間は気持ち悪いよ。

 そうは思わないかい?

 

 私は頷いた。

 

 でも、皆は表しか見せませんよね

 私が裏を持っていると知ったら逃げて行きますよね。

 

 彼女は、小さく笑うと、

 

 人間強度が低い人間にいうからさ。

 彼ら、彼女らは、

 受け入れられない事態には壊れてしまうのさ。

 

 だから排斥する。

 

 ならば、話は簡単さ。

 人間強度の高い相手と過ごせば良い。

 本音を話すと良い。

 

 彼女は不思議と優しい口調でいう。

 

 排斥と嫌悪は違う。

 僕を嫌悪していた委員長が、今では親友さ。

 

 委員長?

 彼女は成績が良かったのだろうか。

 トップクラスだった気がした。

 私と同じように。

 

 僕は話をはぐらかしているようなものだけれど、

 話をするのは有益だよ。

 ただ、傍にいるだけでも良い。

 ひとりの誰かと向かい合えれば変わる。

 

 …今の僕たちみたいにね。

 

 ゆっくりと彼女が歩いていたことに気づいた。

 当然、私も。

 橋の上から移動してしまっていた。

 戻るのは面倒で…。

 

 あ…。

 声が漏れる。

 

 もう一度、行くのも良いけど、面倒だよね。

 一緒にケーキでも食べないかい?

 奢るよ。

 

 彼女に連れられて、喫茶店へ行き、

 ケーキを奢ってもらって、

 私たちは別れた。

 

 日曜日は午前中この店にいるから、

 また、会いに来て欲しいね。

 

 はい。

 

 死ぬのはまた今度にしよう。

 また今度、また、今度。

 

 

 

 あの子は似ていたな。

 過去の、僕に。

 

 僕には理解者が現れた。

 先生。

 いつも乾いた声で僕を救っていた。

 

 あの子を僕は、救えるだろうか。

 

 腕に抱えていた白衣を広げ、ぱさりと羽織る。

 患者たちも救わなければ。

 突然、時間が空いたので、

 いつでも呼んでと言って、携帯片手に出てきたが、

 呼び出しもなく、のんびりしてしまった。

 

 先生も過去に救われたのかもしれない。

 誰かに。

 

 この世にはいつでも誰かがいるのだから…。

 

 

 世界に主張しようか…。

 

 僕は女です。